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脳動脈解離

救急車の中では意識はハッキリしていた。
妻の手を握りながら、いくつかの病名が頭をめぐった。
脳外科に向かっているので覚悟しなければならないと、自分に言い聞かせていた。
でも軽い病気であることを祈った。


病院に到着し、救急処置室に運び込まれた。
着ていたパジャマを手早く脱がされ、検査衣が着せられた。
意識確認、症状確認、採血、点滴、そしてMRI。

しばらくしたら別の部屋にいた妻が呼ばれた。
医師の第一声は「脳には異常は見られません」。
この言葉を聞いた時は、妻も私も安堵した。
しかし、続きがある。
「脳動脈解離の可能性があります」。
脳動脈解離?、初めて聞く病名である。
「脳に向かっている動脈の内側が剥がれる病気」と説明を受ける。
この病気に対する知識がなく、また「脳に異常がない」の言葉で安心をしていた。
脳動脈解離は落ち着くまでは安静が必要とのことで、そのまま入院することとなった。
SCU(Stroke Care Unit:脳卒中集中治療室)に入院である。
私がSCUに移動したことを見届けて、妻はいったん帰宅した。
妻は家に帰って入院の準備をしなければならない。

朝には全ての症状が治まった。
SCUでは容体の変化がないか、看護師さんにより1日に6回ぐらい検査が行われる。
検査と言っても、簡単な質問に答えたり指示された動作を行うだけ。
健康であれば難しいことはなく、私も問題なく毎回終えていた。
昼食が始まる。

実は入院は初めてなので、病院食を食べるのも初めて。
想像していたよりはまずくない。
いや、想像していたより全然おいしい。
食事は普通に食べていいのだが、安静状態であるためベッドから勝手に出ることは許されない。
トイレに行く時は車いすで、看護師さんが付き添いで行くことに。
トイレではズボンを下ろして便器に座るまで、看護師さんが見守っている。
SCU内ではもっと重篤な患者もいる中、看護師さんがその対応で忙しそうにしている。
ほとんど元気な私が、トイレのたびに看護師さんを呼ぶのは随分と気が引けた。

激しい頭痛に襲われながらも脳に異常がなかったので、自分は強運だと思っていた。
今までの人生を振り返った時、それなりにピンチになったことはあったが、なんとかくぐり抜けてきた。
だから幸運よりも強運を持っていると信じていた。
この入院も、1週間、長くても2週間ぐらいで退院できると思い込んでいた。
仕事も忙しい時期がちょうど終わり、「休養する時期なのかな」などと軽く考えていた。
台風18号が過ぎ去り、SCUの窓から青空が見え隠れしていた。

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