向こう側は普通の人たちが居る側。
こちら側は今の自分が居る側。
「向こう側とこちら側」頭の中で言葉がぐるぐる回る。
向こう側の人たちは、
飛んだり跳ねたり、走り回ったり、
ラーメンやハンバーガーを頬張ったり、楽しそうに話をしながら食事したり、
気持ち良さそうにお風呂につかったり。
こちら側は、
一歩ずつしか歩けなかったり、階段をフラフラと昇り降りしたり、
むせる恐怖と戦いながら、黙って少しずつしか食べれなかったり、
お湯につかっても、水かお湯かも分からなかったり。
そう。
一年ほど前は自分も向こう側に居た。
本来は向こう側の住人のはず。
なんで、こちら側に居るんだろう?
誰も理由を教えてくれない。
病院の窓から外を見つめる。
向こう側はいつもと変わらない。
どこに向かっているのか、忙しそうに歩く人が見える。
その人が本当に幸せかどうかは知らないけど、自分からは幸せに見える。
少なくとも向こう側に居れるだけで。
向こう側とこちら側、
狭い道の、歩道と車道のように近く感じるときもあるけど、
多摩川の対岸のように、とてもとても遠くに感じるときがある。
こちら側に居てはダメ。
こちら側に順応してはダメ。
自分に言い聞かせる。
リハビリしながら「向こう側に行こう、向こう側に戻ろう」と心の中で叫ぶ。
リハビリしながら遠くを見つめているときは、そんなことを叫んでいる。
うーむ。
ポエム!
。。。
牡蠣は来期の楽しみになりますか…。
なんか書いてたらポエム風になってしまいました。
ポエムなんて言えない稚拙な文章ですが……
牡蠣は挑戦できそうでしたら挑戦してみます。
外食が躊躇しますね。お店でむせてしまうと……
おめでとうございます。
食事も想像していたのは違うのかもしれないですが、普通食が食べられたという事実は入院前に比べると大きく改善したのかと思います。
食べる訓練によって好きなものを食べられるのを願ってます。
向こう側の人という気持ちはよくわかります。
どうして自分がこんな目に遭うんだと考えてしまうこともあります。
でも考えても仕方ないのでなるべくそのことは考えずにやれることを少しずつやるようにしようと思ってます。
ありがとうございます。
たしかに、食べれた事実があります。
「向こう側」とか、なるべく考えないようにしないとダメですね。
おっしゃるとおりです。